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2006/04/25

サーズアタック(新・鹿島日記-5)

2003年3月中旬

 この頃から雑誌の連載企画で、グラビア系の女性タレントにウェイクボードにチャレンジしてもらう、という企画を進めていた。その子は相当に運動神経のよい子だった。3月中旬頃から確か始めたのだけれど、一発で立ち上がり、しかも2、3回目でサーフェイスだがグーフィーでも滑れるようになっていた。はっきり言ってボクよりも遙かに上手い。仕事ではなく、趣味でコンスタントに続けられれば良かったのに……私としては趣味と実益を兼ねる有意義な日々であった(笑)。

2003年4月〜

 2003年の年明けから春頃と言えば、世界中をサーズ(SARS=重症急性呼吸器症候群)が席捲していた。特にアジア圏への渡航は絶対に控えるべきだ、などとかなりのパニック状態である。そんな中、堂々と私と相棒のRは東南アジアを歴訪していた。理由は簡単だ、取材である、仕事である。行かなければならないのだから腹を括って行くしかない。

 確かこの時、訪れたのはシンガポール、マレーシア、インドネシア、タイの4カ国。成田を離れ一路南下する。最初に降り立ったシンガポールのチャンギ国際空港で、出迎えてくれたのは体温表示モニター。武器を所持していたら一発で分かってしまうようなモニターだ。映っている自分が見えるからなんだか面白い。オカシナ相棒のRはモニターの前でポーズを決め、検査官を苦笑させていた。

 シンガポールではウェイクボードをやるチャンスがあったのだが、残念ながらスケジュールの急な変更のためにできなかった。シンガポール〜マレーシアは橋を渡るだけなので、SARS絡みではノーチェック。その後、インドネシア入国時は耳にいきなり体温計を突っ込まれた。タイでは看護婦に囲まれ(ちょっと嬉しい)……分からない言葉で問診された。これ、いずれも入国時、空港での話だ。ところが、日本に帰国し成田の入国の際には黄色い紙だけ。おーいこれで良いのか?日本の検疫、と当時は思った。どうやら業界では私の渡航をこう呼んでいたらしい、サーズアタックと。

 帰国したはよいが、家内はSARS感染が怖いといって「家に帰ってくるな」とのたまう。仕方がないので銀座のホテルに泊まり、鹿島のホテルに泊まり、おかげでこの年のゴールデンウィーク前半はウェイクボード三昧であった(笑)。こういうのを怪我の功名という?

 この頃から本格的に、改めて2ウェイキエアにチャレンジし始めた。シーズンは始まったばかり、今シーズン中に2ウェイキを成功させるぞと、ひとり鼻息を荒くした。
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